年下ピアニストの蜜愛エチュード
 月末が近づくにつれて、アンジェロは次第に忙しくなってきた。

 会えない時はコミュニケーションアプリでやり取りをしているが、一日の大半はピアノに向かっているという。さらに演奏旅行を控えているため、撮影や取材の依頼が増え、それにも時間を割かれるらしい。多くはマネージャーの西村が対応しているようだが、最近では休暇なんて名ばかりだとこぼしていた。

 ところがそんな状態でも、土日は必ず空けてくれる。

 一緒に観光バスに乗ったり、水族館や遊園地に行ったり、週末はとにかく朝から晩まで一緒に過ごした。

 無理をしているのではないか、疲れているのではないかと心配しても、アンジェロは「いい気分転換になるから」と笑うのだった。

 今も千晶の目の前では、アンジェロと順が無邪気にじゃれ合っていた。レジデンスの裏手に小さな公園を見つけたと言って、得意げに連れて来てくれたのだ。

 エントランスの隣に大きな公園が整備されているからか、ここには小さな滑り台と砂場があるだけで、千晶たち以外は人の姿もない。それでも一応カボチャや黒猫のデコレーションが飾られていた。

 やがて空が茜色に染まり始め、風が少し冷たくなってきた。

「おーい、ちあちゃーん!」

 アンジェロに肩車された順に手を振られ、千晶も笑みを浮かべて手を振り返す。

「はーい、なあにー?」

 瞬間、何かに突き刺されるように胸が痛んだ。

(えっ?)

 笑顔が強ばり、目元が急に熱くなる。視界が潤んで、息苦しさも募っていく。

(私……)

 ふいに涙が頬を伝って、千晶はようやく自分の感情が何なのか理解した。

(私、寂しいんだ)

 月が替われば、アンジェロはいなくなってしまう。三人でこんなふうに過ごすことは、もうないかも……いや、きっと二度とない。

 鼓動がさらに速くなって、心も身体も救いを求めている気がした。

 本当は彼と離れたくないのに、あきらめられるはずないのに――。

 その時、アンジェロと順が手をつないで走ってきたので、千晶は慌てて目元を拭った。
< 41 / 54 >

この作品をシェア

pagetop