年下ピアニストの蜜愛エチュード
 その時、アンジェロと順が手をつないで走ってきたので、千晶は慌てて目元を拭った。

「ちあちゃん!」

 息を切らして飛び込んできた順を、大きく両手を広げて受け止める。

「よーし、順をつかまえたぞー!」

 その千晶を、後から来たアンジェロがさらに抱き締めた。

「僕もつかまえた!」

 二人に挟まれる形になって、順がはしゃいだ声を上げる。

「わあ、あったかーい!」

 それを聞いてまた涙が零れそうになり、千晶は俯いて唇を噛んだ。

 するとアンジェロが腕にギュッと力を込め、髪に口づけた。

「ほんとだ。少し寒くなってきたけど、こうしてると、すごくあったかいな」

 三人でいる時はたいていみんなで手をつないでいるし、頬にキスしたり、こんなふうにハグし合うことも多い。順がいるため恋人らしいキスができなくても、アンジェロはいつも彼のぬくもりを感じさせてくれた。

「苦しいよー、アンジェロ!」

「わかったわかった」

 順に文句を言われ、アンジェロは笑いながら腕の輪を解いた。

 千晶もなんとか笑顔を作ったが、息ができないほど胸が痛かった。

(アンジェロ……アンジェロ……)

 ごく当たり前のように過ごしている時間が本当はどれだけ大切なのか、姉夫婦を失った時に思い知ったはずなのに。

 それでも今は泣き顔を見せるわけにはいかなかった。アンジェロは西村とのやり取りも、千晶の思いも知らないのだから。

「そろそろごはんを食べに行こうか」

「うん、アンジェロ。僕、おなかすいたー!」

「じゃあ、モールのどこかで食事しよう。順は何が食べたい?」

「えーっとね」

 順を真ん中にして手をつなぎ、歩き始めた時だった。
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