年下ピアニストの蜜愛エチュード
「そういえば、来週の土曜はハロウィンだね。あれ、千晶?」

 アンジェロが千晶を見て、気遣うように眉を寄せた。

「大丈夫? 少し目が赤いよ」

「え、ええ。さっきゴミが入って、こすっちゃったの。それより来週はツァーの準備があるから、アンジェロはハロウィンどころじゃないでしょ?」

「いや、出発は三日の火曜だから、土日は空けてあるんだ。そこはちゃんと休ませてくれって、マネージャーにも頼んであるし……せっかくだから土曜は仮装して、僕の家でパーティーをしようか?」

 その時、順が足を止めて、アンジェロを見上げた。

「来週の土曜はだめだよ。僕、おとまり会があるんだ」

「えっ?」

「ハロウィンだから、みんなで保育園におとまりするんだ。ちあちゃんはおうちでお留守番だから、アンジェロはちあちゃんとパーティーをしたらいいよ」

「その日、順は……いないってこと?」

「うん、アンジェロとは遊べない。だっておとまり会だもん。みんなで、たき火もするんだよ! マシュマロも焼くんだって!」

 三人は再び歩き始めたが、アンジェロは順の言葉を反芻するように、「おとまり会か」と何度も呟いた。

 いつもは白い頬が少しずつ赤く染まっていく。初めて二人きりで過ごせる事実に動揺しているのが、はっきり見て取れた。

「ち、千晶」

 名前を呼ぶ声は少し上ずっていた。

「……何?」

 思いがけない展開に、答える声も震えてしまう。

 千晶も三十一日に順がいないことはもちろんわかっていたが、演奏旅行を控えたアンジェロと会うのはさすがに無理だと思っていたのだ。

「千晶、ハ、ハロウィンの夜は……僕と過ごしてくれる?」

 順の頭上で、千晶とアンジェロの視線が交錯する。

「そうしなよ、ちあちゃん」

 順が無邪気に見上げてきた。

「いいかな?」

「ええ、もちろん」

 動悸や胸苦しさがさらに強くなったが、千晶は大きく頷いてみせた。その原因はもう悲しみだけではなくなっていた。
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