魔法通りの魔法を使わない時計屋さん

「うちにあるときには、そんなこと一度もなかったんだけどな……」
「知りませんよ。あなたの元に早く帰りたいんじゃないんですか?」

 男は口元に手を当てて少し考え込んだあとで、また例の笑顔を浮かべ口を開いた。

「きっとその時計も君に直して欲しいんじゃないかな」
「は?」
「うん、そう思う。引き続き修理を頼むよ」
「いやいやいや、直せませんって言ってるじゃないですか」
「直せないんじゃないだろう? 君になら、直せるはずだ」

 その挑戦的とも取れる物言いに、リリカは一瞬言葉を失くした。

「魔法使いの時計屋さんは君しかいないんだ。頼むよ、リリカちゃん」
「無理です!」
「え~、どうしても?」
「どうしても!」

 すると男はうーんと天井を見上げた後で良いことを思いついた、というようにリリカに告げた。

「じゃあ、直してくれるまで僕もその時計と一緒にここにいていいかい?」
「はぁ!?」

 ピゲも同じ声が出そうになった。代わりにあんぐりとその小さな口を開けた。
 男はお客さん用の椅子に深く腰掛けると、にっこりと笑った。

「今日は昨日より時間があるんだ。ここでゆっくり待たせてもらうよ」
「じょ、冗談じゃ」
「あ、お構いなく。仕事の邪魔はしないよ」

 そこにいるだけで邪魔なんだけど! というリリカの心の罵声がピゲにははっきりと聞こえた気がした。

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