ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
***
エレベーターの扉が閉まる寸前、こちらに向かってくる足音が聞こえて、俺は半ば反射的にボタンを押した。
少し遅れて、閉じかけた扉が開いていく。
「ありがとうございます」
パタパタと急いだ様子でやってきたのは、杉本さんだった。
俺の顔を見て、あ、という顔をする。
——デジャヴ……。
ついこの間と同じように、俺たちはエレベーターによって、少しの間、ふたりきりの空間に閉じ込められる形になった。
「——お昼、萩原くんと一緒だったでしょ」
扉が閉じたと同時に、杉本さんが伺うようにこちらをみた。
「わたしたちのこと、なにか聞いた?」
「はい。……付き合うことになった、って」
「うん、そうなの」
杉本さんが頷くと、栗色の髪が、ふわりと揺れる。
昼に杉本さんの話も聞いてしまった手前、萩原のときとは違って、俺は言葉に迷った。