ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「いや、だって……今までの樫葉からは考えられない……こんな、……激レアだろ……」
「うるさいよ」
「普段涼しい顔してるムッツリは、これだからズルいよなあ。威力やばいわ」
「誰がムッツリだ」
抗議の意を込めて睨むと、へらりとふざけた笑みが返された。
ったく……。
こいつが真面目な話を真面目な顔で話し通せることは、一生に一度だってないだろうな……。
「……まあ、そういうことだから。仮に、杉本さんが俺に気持ちを伝える気になったとしても、俺は、それには応えられない。だから萩原はさ、……変なこと気にしてないで、そのままバカ正直でいたら」
「……」
——お待たせいたしました。と、ちょうど、店員が料理を持ってやってきた。
会話が強制的に中断される。
「ご注文の品は、以上でよろしかったでしょうか?」
店員に尋ねられ、萩原が少し上ずった声で、あっはい、と答えた。
ふたり仲良く注文した本日のおすすめパスタを前にすると、思い出したように空腹感に襲われる。
俺はさっそく手を合わせてから、フォークを手に取った。
「……あのさ」
萩原からもれたのは、初めて聞くような、しおらしい声だった。
「……ありがとう」
俺は手を止めて、視線だけを上げた。
「うん」
それだけ言うと、フォークを回し、パスタを絡ませる。
萩原が少し遅れて、ぱちん、と手を合わせた。
聞こえてきた「いただきまーすっ」という声は、いつも通りの、暢気なものだった。