ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「……俺は、……どうしても、梼原愛花のことが、好きです」
ふたりだけの教室に、康晴の声が落とされた。
窓から入り込んでくる風が、わたしたちをいたずらに撫でていく。
口を開こうとして、喉が、こみ上げるなにかをのみ込むかのようにごくりと動いた。
「……ありがとう」
これがあの日のやり直しなら、……今度は、絶対に逃げてはいけなかった。
康晴をしっかりと見据える。
優しくて、寂しげな瞳とぶつかった。
「でも、ごめん。わたしは……おーちゃんのことが、好き」
「うん」
「康晴の気持ちには、応えられない」
「……うん」
わかった、と小さな声がして、わたしの手から温もりが離れていった。
康晴がわたしをその場に残して、席を立った。
廊下へと向かっていく足音を聞きながら、わたしは動けないでいた。
——このまま、終わっちゃうんだ。
だけど、付き合えないけど友達ではいたいだなんて、……そんなの、虫が良すぎるよね……。
そう思って、無理やり納得しようとする。
ガラ、とドアが音を立てた——。