ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-
「……なあ愛花。その人、もしかしてお兄さん、とか?」
背中に視線を感じて、わたしはハッとする。
いけない。
今、少しの間だけ、ふたりの存在を忘れてた。
わたしの少し後ろで、「どういうことか説明して」なんて言いたげな顔をしている美月と康晴。
康晴にいたっては、機嫌まで悪くなっているように感じる。
「あ……、えっと」
「そうです」
え、とわたしの口から戸惑いがもれる前に、おーちゃんは外向けの爽やかスマイルで「どーも、妹がお世話になってます」なんて付け足した。
……また、妹。
しゅんと肩を落とす。
そんなわたしの変化に気づきもしないおーちゃんは、ほら行くぞ、と先に歩き出してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ……っ」
おーちゃんと美月たちの間で視線を行ったり来たりさせたけれど、ちっとも待ってくれる気配のないスーツの後ろ姿に、眉間を寄せる。
慌ててまたね、とふたりに言い残したわたしは、おーちゃんが見えなくなってしまう前にその背中を追いかけた。