ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-

結局なにも聞き出せないまま、わたしたちは気づけば目的地に到着していた。

その白くて大きな建物を目にすると、いつだって息がつまる心地がする。


——『梼原結花(ゆいか)様』。

そう書かれた表札も、何度見ても見慣れない。

息苦しさを和らげようと深く息を吐いたわたしに目配せをしたおーちゃんは、……ゆっくりと病室の引き戸を開けた。


「お姉ちゃん、来たよ」


わたしは明るく呼びかけながら、足を踏み入れる。

窓際に置かれたベッドに近づいて、力なく笑顔を浮かべた。


「この前きたときから、一ヶ月くらい経っちゃって……ごめんね」


おーちゃんは荷物を置くと、机に置いてあった花瓶を手に取った。

持ってきたお花と入れ替えるのだろう。

静かな病室に、水の音が響く。


「……お姉ちゃん」


わたしの呼びかけに、返事が返ってくることはなかった。

ベッドに横たわり目を開けることのないお姉ちゃんは、まるで童話にでてくる眠り姫のようだ。

体の横に置かれたお姉ちゃんの細くて白い手をとって、わたしはベッドの際に座った。

お姉ちゃんの体温を感じながら、静かに目を閉じる。
< 36 / 405 >

この作品をシェア

pagetop