転生夫婦の新婚事情 ~前世の幼なじみが、今世で旦那さまになりました~
「御手洗が混んでるんでしょ。元カノとふたりきりがそんなに気まずい?」
「いや別に」
「そうね、あなたはそんな繊細な性格じゃないわね」


 そう言ってレイラはニッコリと笑うが、対する春人は僅かに顔をしかめる。

 彼女のセリフを否定したのは本音だ。しかし春人が、今この空間を居心地悪く思っているのは事実だった。


「……今さら、どういうつもりで俺に会おうと思ったんだ。わざわざ仁に口止めまでして」


 そうだ。今日はただ、仁から「飲みに行こう」と誘われただけだった。

 まさかレイラが──大学時代の恋人で、けれども卒業と同時にアメリカの叔父の会社を手伝うからとあっさり別れを告げて渡米した彼女が、この場に来るだなんて思ってもみなかったのだ。


「だからそれは、ただあなたにサプライズしたかっただけよ。またしばらく日本にいられるんだもの、友人に会いたいと思うのは当然でしょ?」


 蠱惑的に微笑むレイラに、春人は目を伏せて小さく息を吐く。

 いつもこうだった。まだ起業前の大学2年時、同じ講義を受けていた彼女から声をかけられ……あれよあれよという間に言いくるめられ気づけば付き合うことになっていたあの頃から、春人はいつも押しの強い彼女に口先で優位を取れた試しがない。

 反論を諦めた春人がグラスに伸ばしたのとは、反対の手もと──その薬指に光るリングを、じっとレイラが見つめる。


「だけどまさか、春人が結婚してるだなんて思わなかった。青天の霹靂よ」
「入籍したのはつい2ヶ月前だ。別に、年齢的にもそこまで意外ではないだろう」
「意外に決まってるでしょ。『別れましょ』って言った私にひとことも食い下がることもなく『わかった』ってあっさりうなずいた、恋愛に何の執着もないあの春人が」
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