夜には約束のキスをして

***

 玄関のドアを開けると、まぶしいほどの太陽が、睡眠不足の目につきささった。台風一過とはよく言ったものだが、遮るものが何一つない真っ青な青空は、どこまでも晴れ渡っている。
 今の和真の胸のうちとは正反対だ。この二日、気がかりを抱えてろくに眠れもしなかった和真の精神は、そうとうな疲労を積み上げている。それでも崩れ落ちるわけにいかないのは、深青の安否をこの目で確かめるためだ。
 丸二日間、力を回復させる機会が得られなかった深青は、きっとかなり弱っているに違いない。昔は日に一度の補給でも足りないことがあったのだ。近ごろはそんなこともなくなっていたとはいえ、二日も空いてしまったら無事なはずはない。早く駆けつけてやりたい、その一心で、和真は香山家へと急いだ。
 たどり着いた香山家の門前には、常と違い、掃除に勤しむ使用人が二、三人見えた。今朝に限っては、台風の撒き散らしていった残骸がそこかしこにあるため、後始末の人を増やしているようだ。和真が近づいていくと、いつもの女性が顔を上げて挨拶をくれた。

「おはようございます。昨日の台風は大変でしたねえ。和真さんのお宅は大丈夫でしたか?」
「おはようございます。うちはなにごともありませんでしたよ。それよりも、深青が心配で……」
「お嬢様もずっと屋敷にいらしたので、なんともございませんでしたよ」

 和真の不安をよそに、女性はにこにこと笑う。話が噛み合っていないように感じて、和真はさらに言葉を重ねようとした。しかしそれよりも先に、女性の後方にあった門扉がゆっくりと開く気配がして、和真はそちらに意識をとられた。
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