夜には約束のキスをして
 どんなに気が重く感じても、夜は必ず来るものだ。
 夕食を終えて自室に下がった和真は、天頂を目指して上りゆく夜空の満月を苦い思いで見つめていた。そろそろ香山家へ向かわなければ、未成年の外出にはふさわしくない時間帯に差し掛かる。億劫に感じる気持ちを抑えつけて、ようやく和真は腰を上げた。
 家を出て、虫の声を聞きながら歩む夜道が、これほど憂鬱に感じられたことはない。深青のもとに行かずに済むのなら、いっそそうしたいくらいだったが、連絡も理由もなく役割を投げ出すほど無責任なつもりはなかった。
 昨日までは嵐の中でも駆け出して行きたいくらいだったのに、一晩で様変わりしたものだ。それほどまでに、自分と深青との間にあるものは、もろく、曖昧だったと思い知る。
 もう何度めになるか分からないほど思い返した今朝のやり取りを再び想起する。狼狽して薔薇色に染まった深青の頬、文也の軽薄な態度、そして燃えるような羞恥と嫉妬。消化しきれない蟠(わだかま)りを抱えたまま、深青のもとへ赴かなければならない己は、まるで鎖につながれた罪人のようだと思った。言いわたされる罰は、一体どんなものだろう。
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