今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 すぐに航志朗は走り出してアトリエに向かった。ノックもせずにドアを開けると、カウチソファに白いドレスをまとった安寿がうつぶせで寝そべっているのが見えた。アトリエの中を見回したがどこにも父の姿はなかった。

 安寿は眠っているのだろうか、まったく動かない。足音を立てずに航志朗はゆっくりと安寿に近づいた。航志朗の心は安寿と再会できたあふれる喜びに満ち足りてくる。だが、一歩一歩近づくにつれて、航志朗は安寿の後ろ姿に言いようのない(なま)めかしさを感じはじめた。

 (……なんだ?)

 目をこらすと安寿の尻のラインが白いドレスに透けて見えた。航志朗の胸が早鐘を打ち鳴らしはじめた。頭がのぼせてきて航志朗はどうしようもなく混乱した。当然のことながら身体も反応してしまう。思わず航志朗は安寿の背中にのしかかって、いきなり安寿を後ろからきつく抱きしめて叫んだ。
 
 「安寿!」

 いきなり航志朗の匂いと温もりが安寿を覆って、まどろんでいた安寿は悲鳴をあげた。

 「こ、航志朗さん!」

 ゆっくりと安寿と航志朗はカウチソファの上に起き上がった。突然、航志朗の目に白いドレスの生地に透けた安寿の胸が飛び込んできた。今度は航志朗のほうが真っ赤になって悲鳴に似た叫び声をあげた。

 「あ、安寿! なんだよ、その格好は!」

 ドレスを着ているというのに、あわてて安寿は両腕で胸を覆って言った。

 「航志朗さん、見ないで……」

 また航志朗はどうしようもなく叫んだ。

 「『見ないで』って言われても、見てしまうに決まっているだろ!」

 頬を赤らめて安寿は聞き取りづらい声で言った。

 「岸先生の新作の衣装なんです。依頼主の方から絵のモデルにこのドレスを着させるようにと送られてきて」

 「は? なんだよ、それ……」

 すぐに航志朗は立ち上がって岸のイーゼルの前に立った。描きかけのキャンバスをひと目見た航志朗に激しい怒りがこみ上げてきた。

 (なんだこの絵は! これってほとんど裸体画じゃないか。父はなんていう絵を描いているんだ。絵のモデルは俺の妻だろうが!)

 だが、よく見ると急激にわいてきた怒りよりも、岸の絵が放つ凄まじい美の迫力に航志朗は逃れようもなく捕らえられた。

 (……なんて美しく哀しみに満ちた絵なんだ。父の絵を見てこんなふうに思ったのは初めてだ。これは裸体画ではない。罪深い今生を離れて自由な大空へと羽ばたこうとしている天使の絵だ)

 安寿は航志朗の姿を黙って見つめていた。

 (航志朗さんはあの絵を見て何を思っているんだろう……)

 安寿は両手を合わせてきつく握りしめた。

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