哀愁の彼方に
最悪の水田では、早苗の背丈すら見えずに一面が砂の状態であった。この水田を目にして
自暴自棄になる村人も出てきた。こんなとき決まってすることは、酒によって現在の辛さ
を忘れようとすることである。この村の人々もそうであった。特に中村健三の水田は、村
で一番の被災を受けていた。健三は、酒におぼれて何一つ手につかなかった。
市松は、村の長の下に協議を開くことを進言した。彼は、被害の大きい水田から重機を使
って砂を取り除き水田を回復しようと考えていた。
「先生!重機をどうして手配する!」
「そうや!仮に重機を手配できたとしても、そのお金はどうして支払う!」
「先生は、百姓の辛さを知らんから、そんなのんきなこと言っていられる!」
村人達は、口々に市松に食ってかかった。市松は、無言で彼らの非難を聞いていた。彼は、
村人達のすべての非難が出た後にようやく重い口を開けた。
「みなさんにとって水田は、命の次に大切やってこと十分知ってます。だからこそ水田を
回復させるのです」
「そんなこと誰でも解っとるんや。どうやって、お金の工面するかだけや」
「今こそ、助け合うのです」
「そんなこと百も承知や!お金のでるところや!そんなお金どこから出るねん」
貧しい村ゆえにとりあえずのお金をどのように工面するのかが村人達は、不安であった。
「一つは、行政にお願いして援助をお願いします。これだけでは到底足りませんから、行
政にお願いしてお金を借りられることも考えましょう。さらに皆さんの僅かな蓄えも出し
てください。」
「蓄えなんって、わしらにあるものか!」
「ここに五百万円あります。これは、皆さんから頂いたお金です。これも使って下さい。
回復に必要なお金は、一千五百万円だと聞きました。」
「先生!そんな話、どこで聞いたんや」
「先日、村役場で聞きました。その時に、災害復旧費の援助として五百万円が援助される
ことが可能だそうです。そうすると確保できないのが残りの五百万円です。これは、皆で
出し合いましょう。」
「出し合うって、そんな余裕、わしらにあらへん!」
「低利の融資を県の金庫にお願いしましょう」
「そんな夢みたいなこと、信じられへん!」
「そうや! たとえそれが出来たとしてもせっかく植えつけた苗は、どうするねん」
「苗は、再度、植えなおすしかありません」
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