哀愁の彼方に
「そやかて、うちのお父ちゃん、おっちゃんのお嫁さんは、死んでしもうて、いやへんっ
て言うてたのにな」
「おっちゃんの心の中では、ちゃんと、生きているんや」
「そんなの、可笑しいわ。死んだものが、何で生きてるんや?」
しばらく考え込んでいた妙子は、急に市松の後ろに回って、背中に覆いかぶさり、彼の
頬の後ろから無精ひげの耳元に接吻をした。
「おっちゃんが、お酒を止めたら、うち、おっちゃんのお嫁さんになってあげる」
「そうか、妙ちゃんのお嫁さんか、こいつは、優しくて、可愛くて、美しいで。ハッハ、
ハッハ、ハッハ、」
市松は、久しぶりに心の底から、楽しい笑いをうかべて、妙子を力いっぱい抱き締めて、
その小さな身体を高く抱え上げた。彼は、無邪気で純真で心の優しい妙子の姿に、女房の
姿をダブらせていたのである。
彼を訪ねて来る者は、六歳になる妙子ぐらいで、他にはだれもいなかった。彼は、それ
で十分に満足していたのである。
昭和二十二年五月十一日
南市松は、田舎の貧しい、水飲み百姓の一人息子として生まれた。貧農のために、たっ
た一人の息子すら育てること、そのことが、大変であった。それに加えて、彼が3歳にな
った頃に不作が続いた。それはもう、不作と言うより飢饉と言う方が、当たっている状況
の酷さであった。そのために、借金ばかりが増えて、頼みの農作物の収穫は、殆どなかっ
た。そのために村の男たちは、こぞって出稼ぎに出て行った。
彼の父親は、このような生活に耐えられなくなり、市松が五歳のときに都会へ出て行き、
そのまま行方がわからなくなった。彼の母親は、働きに働き続けて市松が十二歳のときに、
過労がもとで死んでしまったのである。
残ったのは、市松と祖父母の三人であった。
親切と言うのか、貧しさの弱みへの誘いなのか、祖父母のもとへは、貧しいが故に市松
を子養子に出してはどうかと言う話が、いくどとなく寄せられた。祖母は、自分の食べる
物を削ってでも、市松を育てると言い、ガント首を立てに振らなかった。
市松は影で、そのような話を聞きながら祖母の心に感謝をして何度も涙を流した。彼は、
いずれ大人になってこの恩に報いて祖母や祖父を楽にさせてやりたいと強く思っていた。
彼らの生活は、とても楽とは言えなかったが、一家三人は、どうにか食べていけた。そん
て言うてたのにな」
「おっちゃんの心の中では、ちゃんと、生きているんや」
「そんなの、可笑しいわ。死んだものが、何で生きてるんや?」
しばらく考え込んでいた妙子は、急に市松の後ろに回って、背中に覆いかぶさり、彼の
頬の後ろから無精ひげの耳元に接吻をした。
「おっちゃんが、お酒を止めたら、うち、おっちゃんのお嫁さんになってあげる」
「そうか、妙ちゃんのお嫁さんか、こいつは、優しくて、可愛くて、美しいで。ハッハ、
ハッハ、ハッハ、」
市松は、久しぶりに心の底から、楽しい笑いをうかべて、妙子を力いっぱい抱き締めて、
その小さな身体を高く抱え上げた。彼は、無邪気で純真で心の優しい妙子の姿に、女房の
姿をダブらせていたのである。
彼を訪ねて来る者は、六歳になる妙子ぐらいで、他にはだれもいなかった。彼は、それ
で十分に満足していたのである。
昭和二十二年五月十一日
南市松は、田舎の貧しい、水飲み百姓の一人息子として生まれた。貧農のために、たっ
た一人の息子すら育てること、そのことが、大変であった。それに加えて、彼が3歳にな
った頃に不作が続いた。それはもう、不作と言うより飢饉と言う方が、当たっている状況
の酷さであった。そのために、借金ばかりが増えて、頼みの農作物の収穫は、殆どなかっ
た。そのために村の男たちは、こぞって出稼ぎに出て行った。
彼の父親は、このような生活に耐えられなくなり、市松が五歳のときに都会へ出て行き、
そのまま行方がわからなくなった。彼の母親は、働きに働き続けて市松が十二歳のときに、
過労がもとで死んでしまったのである。
残ったのは、市松と祖父母の三人であった。
親切と言うのか、貧しさの弱みへの誘いなのか、祖父母のもとへは、貧しいが故に市松
を子養子に出してはどうかと言う話が、いくどとなく寄せられた。祖母は、自分の食べる
物を削ってでも、市松を育てると言い、ガント首を立てに振らなかった。
市松は影で、そのような話を聞きながら祖母の心に感謝をして何度も涙を流した。彼は、
いずれ大人になってこの恩に報いて祖母や祖父を楽にさせてやりたいと強く思っていた。
彼らの生活は、とても楽とは言えなかったが、一家三人は、どうにか食べていけた。そん