時には風になって、花になって。
ありがとう、と少女は笑う。
よく笑う小娘だ。
なにがそんなに面白いのか、楽しいのか。
これが鬼である自分との決定的な違いでもあるのだろう。
「…暗くなってきた。この場所に居てはお前は喰われる」
まるで猫が仔をくわえて運ぶように、青年は少女の襟元を掴んだ。
タンッと地面を蹴って、フワッと空へ消える影。
こうすれば濡れた袴もすぐに乾く。
「───紅覇だ」
ポツリ、呟く。
この小娘の名は聞いたが己の名は教えてはいなかった。
クイッと袖が引かれて、つられるように紅覇は視線を下へおろす。
(くれは!)
何度も何度も己の名を呼ぶ少女。
くれは、くれは、とパクパクと口を動かしてくる。
音が無いからこそ静かだが。
それでもその少女の笑い声は、何故か紅覇の心に響いていた。
(くれは!くれは!)
「…聞こえている」
戻ったら昨日狩った狼を食わせよう。
そして近々その着物も新しくしてやろう。
夕暮れ空は修羅の色。
それまで男はそう思っていたけれど。
黄金、赤、紫、青、そんなふうに色が付いて見えたのは初めてであった。
*