メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
外に出ると金木犀(きんもくせい)の香りがした。まだ10月なのに冬がフライングしてきたみたいに寒い朝だった。先程は夢中で何も考えられなかったけれど、いくら建物の中とはいえ肌を露出させてしまった杏花に寒い思いをさせたのではないかと今更ながら申し訳ない気持ちになった。

駅のベンチで津村がくれたあんまんを半分にして二人で食べた。玲央達のマンションから駅まではすぐだったのであんまんはまだ熱々だった。『熱いけど早く食べたいんだよね。』と言って自販で買ったチャイを飲みながらハフハフして食べる杏花は反則級に可愛かった。その唇にばかり意識がいってしまい、あんまんの熱さも甘さも感じなかった。

『消えちゃったら寂しい』その言葉は何を意味するのだろう。彼氏がいたことがあるのに、キスマークがすぐ消えるのか聞いてきたということは初めてだったのだろうか。あんなに嬉しそうにして、キスマークに憧れでもあったのか?それとも、もしかしてこいつも俺のことを・・・?

食べ終わったところで先程の言葉の意味を聞こうと口を開きかけたが、杏花が手で口を押さえて『ふわぁ。』とあくびをしたので一瞬躊躇(ためら)う。次の瞬間彼女は『あ、ちょうど電車来たよ。』と立ち上がった。

並んで座席に座った途端寝てしまった杏花の寝顔を見ていたら無意識のうちに手を繋いでしまっていた。

───このまま駅に着かないといいのに。

彼女が午後からバイトでなければ、眠らせたまま家に連れ去っていたかもしれない。

この日そのバイト先で別の恋が動き出してしまうことになるなんて、俺もそして彼女自身も全く予想していなかったのだった。
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