メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
俺は愕然としつつもどこかでホッとしていた。

昨日の朝触れてしまった後の杏花の反応に、もしかしたらこいつも俺を?と思った。今日二人で時計の制作を進めた後いつものようにお茶をしている間、気持ちを伝えてしまおうかと何度も思ったけれど、自分は時計に人生をかけると決めているのだからと躊躇(ちゅうちょ)した。伝えなくて良かった。

杏花は彩木さんの娘・・・俺がクリエイターとして契約したハコイリギフトの社長令嬢・・・その事実はついつい暴走してしまいそうになるこの気持ちを止めるブレーキになるはずだが、とどまるところを知らず加速する俺の恋心を前にいつまでも機能する保証はない。

今までは二人の間に『ハンドメイドイベントに出る』だとか『結婚祝いの時計をオーダーメイドで作る』といった時計───仕事───に絡む目的があり、それがリミッターとなり自分を完全には解放せずにいられたのだと思う。しかし時計が完成してそのリミッターがなくなったら俺はどうなってしまうのだろう。

このまま恋心を秘めて杏花と友達として付き合っていくのは難しいと思われる。それならいっそ時計が完成したらあいつとはもう会わない方がいいのだろう。彼女への想いを断ち切るにはそれしかない。

───ああ、こんなに好きになる前にこの事実を知りたかった。知っていたらオーダーメイドだって受けなかったかもしれない。

女手一つで育ててくれて俺の夢を応援してくれる母親、そして弟の為にも俺は時計に全てをかけなくてはならない。3歳下の弟・涼人(すずひと)は母親が暮らす地元の学校に進学し、就職も地元でした。『地元が好きだから。』と言っていたが、本当は俺が東京の芸術系の学校に奨学金を借りて通うことにしたから、自分が母親の傍にいなくてはと思ったのではないか。

目を覚ませ、俺。恋愛にかまけている場合ではない。何かを手にする為には何かを捨てなければならない、とはよく言ったものだ。今ならまだギリギリ引き返せる。
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