メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
川沿いの道に咲いていた薄紅色の可愛らしい花にふと目が止まる。

───梅?桃?それとも早咲きの桜か?

近づいてみると丸い花びらが5枚あり、葉っぱが展開するより先に花が咲いているようだ。樹皮には縦の筋が入っていて、樹形は桜のように直立・・・観察していると『杏』と札がついていることに気がつき、心だけでなく全身が震えたようになる。

───これが、杏の花か・・・。

桜が咲く前に咲く春を告げる花。寒さに耐えることが出来る花。杏花の言葉が頭の中で響く。彼女が言っていた『咲くと(がく)が反り返る』というのはこういうことかと確認する。

照れた時の『へへっ。』という笑い声もえくぼが出る笑顔も砂糖菓子のような香りも、人のものになってしまった。いや、例え人のものになっていなかったとしても、俺には手を伸ばすことは出来ないんだ。

でも、逆に今だから自分の気持ちを伝えられる気もしてきた。『俺さ、今だから言えるけど、お前のこと好きだったんだ。』『え、そうだったの?全然気づかなかったよ。』彼女はいつものふんわりした様子でそんな風に返してくれるかもしれない。それで俺の恋心は泡になって静かに消える。それもありなんじゃないだろうか。

───本当にそれでいいの?

問いかけてきたのは心の中の悪魔ではなく澄んだ青空に映える杏の花だった。

───よくないよ。本当は俺が彼女の毎日を笑顔の花で溢れさせたい。

『お誕生日おめでとう。』あの日杏花が贈ってくれた言葉は頭の中でエンドレスリピートされていた。その言葉を5月の彼女の誕生日に贈り返せたら・・・ただそんな風に思っていた。

バレンタインの翌日は良い天気で雪はほぼ全部溶けてしまった。でも俺の心の中は氷河期のように寒く、心の中の猛獣は氷漬けになっていた。しかし恋心までは凍らなかったのだ。

自分が器用でないことはよくわかっている。でもこの気持ちはどうにも抑えきれないんだ。

けれど彼女に気持ちを伝える前に俺にはやらなくてはならないことがあった。


*****

「お忙しいところお時間頂いてしまってすみません。」

「いいえ。」

そう言って柔らかく微笑んでくれた彩木さんの笑顔に勇気づけられる。

───言わなければ。

喉の奥にぐっと力を入れた。
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