メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「大変申し訳ないんですが、御社との契約、白紙にさせて頂きたいんです。」

「え!?どうしてでしょう?」

「時計職人としての個人の仕事は続けます。ただ、どうしても新しい作品を思いつくことが出来ないんです。色々なものを見に行ったり、とことん考えたりしても駄目で・・・。今までは作品のアイディアのストックがあったので何とかやって来れたのですが、もうそれも尽きてしまって・・・このままでは御社での活動を本格的に始動するのは難しいと思うんです。」

クリエイターとしてなんて情けない発言だろう。社会人としてもあるまじきことだ。彼女は俺の言葉を受けて苦しげな顔になった。そんな顔をさせてしまい本当に申し訳ない。

「とても苦しいでしょう?心中お察しします。クリエイターの精神状態は多かれ少なかれ作品に現れます。人間ですからそれは当たり前のことであり、それもハンドメイドの魅力です。新作が思い付かなければ無理して作らなくてもいいですよ。今までに作ったのと同じ作品を作って頂いてもいいですし、何も作らなくてもいいです。よくあることですから。私共はそういうことも考慮した上でクリエイターさんと契約し事業を行っておりますので。」

「え、でも俺はもう御社では・・・。」

「暖人さんが弊社との契約を続けたくないということであれば、もちろんそれはご希望に沿うように致します。ですが、それはあまりにももったいないと思っております。お気持ちが回復されるまでお休み頂いて、また戻ってきてくださったら大変ありがたいです。お休みの結果やはり難しいということであれば、その時は大変残念ですが諦めます。」

苦しそうな彩木さんの顔を見ていると、心に押し込んだ気持ちが喉にせり上がってくる。その気持ちはとてもビジネスの場で言うべきではない言葉となって俺の口から(こぼ)れた。
< 223 / 290 >

この作品をシェア

pagetop