メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「何年も大人をやってたって自分の気持ちを上手にコントロール出来ないことはあるよ。パソコンみたいにワンクリックで実行出来たら楽だけど、人の気持ちはそんなに簡単じゃないからね。」

お母さんは部屋に入って来ると椅子に座る私の前で膝立ちになった。『似てる』とよく言われる彼女の顔をじっと見つめる。

「杏花、杏の花の花言葉、知ってるよね?」

「『乙女のはにかみ』と・・・あ、『臆病な愛』。私にぴったりだ。」

そう答えるとお母さんは目に力強い光を灯した。

「杏花は昔から聞き分けの良い子だった。でもね、もっと甘えていいんだよ?欲しいものは欲しい、失いたくないって言っていいの。それはわがままなんかじゃない。」

「・・・。」

「必ずしも自分の気持ちを押し殺すのが大人ではない。熱い気持ちに正直になって飛び込んだっていいんだよ。チョコレートファウンテンに飛び込むマシュマロみたいに。」

「・・・私、その熱い気持ちが怖いんだ。自分が自分じゃなくなるみたいで。」

「マシュマロがチョコレートファウンテンに飛び込んだらチョコがけのマシュマロになるみたいに、思いきって踏み出せば新しい自分になれるって思ったら素敵じゃない?」

『新しい自分』・・・その言葉に暖人と出逢ってからの自分を改めて思い出す。心のままに行動することで少しずつ変わっていった自分。違和感はあるけれど決して嫌いではない。それに例え想いが届かなくても彼に気持ちを伝えたことを後悔したりはしないはずだ。

「杏花が生まれてここにいてくれるだけでお父さんとお母さんは毎日無条件に幸せ。でもいつかは自分達の元を離れて行く。寂しいけどその時まで常に温かく見守って、あと少しの勇気が必要な時には背中を押せる親でありたいね、って話してきたの。」

「お母さん・・・・。」

お母さんは私の手を取って立ち上がらせると私の後ろに回って椅子をどかした。

「杏花なら大丈夫。行っておいで。」

そう言って背中をポンと押してくれた。一瞬のことだったのに背中が温かくなったような気がする。振り向くとお母さんはふわり、と優しく微笑んでくれていて、自分も自然と笑顔になったのがわかった。

明日は卒業式。私は臆病な自分からも卒業すると心に決めた。
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