バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 もう一度深くため息をつく先輩にオレンジジュースを渡す。

「先輩どうぞ」

「ありがと。今ならちょっと一息つけるね。七海も何か食べなよ」

「いえ、なんか緊張しちゃって」

「マスコミ対応の間に少し食べておいた方がいいよ。キャビアなんかどう?」

 先輩がクラッカーの上に山盛りにキャビアをのせて、「ほら、あーん」と私の口に押し込んだ。

 食べ慣れないものだから味なんてよく分からない。

 舌の上に塩気を残してあっという間に溶けてしまって、クラッカーのサクサク感しか残らない。

「私さ、学生の頃は『地味子』って呼ばれてたのよ」と急に先輩がつぶやいた。

「え、そうなんですか」

「勉強ばっかりでね。空気読めないやつって思われてたな」

 全然そんなふうには見えなかった。

「大学でね、同じような感じの子と仲良くなったんだけど、その子がコスプレをやっててね。最初は写真を見せてもらっただけだったんだけど、普段の雰囲気と全然違う別人になりきっててすごいなって思ったのよ。で、一緒にやっているうちに、はまっちゃってね」

「全然知らなかったです」

「カミングアウトできてすっきりしたわよ」と先輩が笑う。「だいたい私ね、自分の時間を作りやすいからハピネスブライトに転職したのよ」

 え、そうだったんですか?

「人間関係に悩んでたんじゃなかったんですか」

「そう言っておいた方がみんな納得するじゃない」

 確かに私は納得してた。

 でもなんだか、内緒にされていたのもちょっと寂しい気もする。

 私は自分でキャビアをクラッカーにのせて口に放り込んだ。

 やっぱり味はよく分からない。

 おまけにちっともお腹が満たされないし。

 と、そのとき、声をかけられた。

「ねえ、あなたたち」

 振り向くと、演壇から降りてきた大女優池内佐和子奥様が何かを探しているようだった。

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