バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
「あの、このあたりで、これを取り扱っているお店ってありませんか」

「申し訳ありません。これはうちだけで扱っている特別な輸入品でして、日本では他に扱っているところはないんですよ。今日、ハピネスブライトさんに納入した三本で終わりだったもので」

 ああ、もうどうしたらいいのか分からない。

 わたしはすぐに先輩に電話してみた。

「しかたないわよね。代わりになるような品物はないの?」

「これに近いものはありますか」と私は店員さんに尋ねた。

「うーん、難しいですね。厳選されたシャンパーニュの産地でのみ収穫された香り高いシャルドネを使ったスパークリングワインからアルコール分を抜いたもので、シャンパンを超える味と称されているものですからね。非常に繊細な味わいでして、他のノンアルコール・スパークリングワインとは根本的に素性が違うんですよ」

 ああ、もう、ウンチクはどうでもいいんです!

「七海」とスマホから先輩の声が聞こえた。「奥様がね、安いのでもなんでもいいから、ノンアルのスパークリングワイン買って来なさいって」

「いいんですか?」

「どうしようもないじゃない。急いでね」

 私はお店にあった一本千円程度のノンアル・スパークリングワインをあるだけ抱えて会場に戻った。

「あの、奥様、これしかなかったんですが」

 私が差し出したボトルをよく見ることもなく奥様は近くのウェイターさんを呼んだ。

「こちらをグラスに注いでくださいな」

「かしこまりました」

 ウェイターさんが安いノンアル・ドリンクを二杯用意すると、奥様がそのトレイにル・セック・モンテーニュ・ブランの空ボトルをのせて私を呼んだ。

「あなた、これを持って一緒に来てくださいな」

「はい」

 奥様が私を連れて文化庁長官のところへ戻った。

「坂口長官、こちらのおかわりをお持ちいたしました」

 え、これ、安いやつなのに!?

 クリスマスに子供が飲むのとあんまり変わらないんですけど。

 奥様はわざとらしくボトルを見せながらグラスを渡す。

「ああ、これはどうもすみませんな。あこがれの大女優におもてなしされると、ノンアルコールなのに酔ってしまいそうですよ」

「長官のために特別にご用意いたしましたのよ。では、あらためまして、乾杯」

 奥様がグラスをふれあわせただけで、オジサンがデレデレだ。

 なによ、もう。

 なんでもいいんじゃないの。

 安いので十分じゃん。

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