バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 パーティーは和やかに進行していたけど、先輩のところには次々に業務連絡が入ってくるらしく、常にスマホを操っているルネサンスのお姫様は人目を引いていた。

 やっぱり先輩はすごいな。

 みんなに頼りにされて、ちゃんとその期待に応えている。

 演壇に上がれなくたって、私にとっては立派なスターですよ。

 パーティーが始まってまだそんなに時間がたったわけでもないのに、いろいろなことが一度に起こりすぎて、私はまた意識が薄れていくような感覚にとらわれていた。

 かろうじてふらつかずに立っていると奥様にそっと声をかけられた。

「あちらで、長官のためにこれをもう一杯作ってきてくださるかしら?」

「はい、かしこまりました」

「この後もご予定があって、もうすぐお帰りになるところだから、急いでくださいね」

「はい」

 私はノンアルコールの安いドリンクを取りにいった。

 これくらいの簡単な仕事なら私でも大丈夫だなんて油断したのがいけなかった。

 奥様のところへ戻って声をかけたときに、私はついにやらかしてしまった。

「あ、おかあさん……」

 ち、ちがう!

『おくさま』と呼ぼうとして、思いきり間違えてしまったのだ。

 うわ、ど、ど、どうしよう。

 先輩がさっきあんな話を思い出させたからだ。

「も、申し訳ございません」と、私は頭を下げた。

 奥様は朗らかに笑ってくださった。

「いいのよ。ドラマの現場でもね、娘さん役の若い子から控え室で『お母さん』て呼ばれることがあるのよ。そういうときはいい作品になるものなのよ」

「でもね」と、私の耳元に口を寄せてきた。「それが『義母』という意味の『おかあさん』だとしたら承知しませんからね」

 ど、どういうことでしょうか。

「ご苦労様、もういいわ」

 私は呆然と奥様の背中を見送るしかなかった。

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