バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 次に私は箸に持ち替えて牛肉の赤ワイン煮に手を伸ばした。

 塊のような見た目の割に、箸を入れるとほろほろと食べやすい大きさにほぐれる。

 そして、口に入れたときに、もう一度驚きが待ち構えていた。

 赤ワインのベースなのに醤油と砂糖にみりんをきかせた和風の味付けがなされていたのだ。

 これは絶対ご飯がすすむやつだ。

 ていうか……。

 思わず、周りを見る。

 お酒、ないの?

 残念なことに、ここは病院だ。

 高級ホテルのわがまま朝食じゃないもんね。

 かわりに、つやつやと粒のたったご飯を頬張る。

 こんなところで日本人の幸せを味わい尽くすことになるとは夢にも思わなかった。

 朝から理性の吹っ飛ぶメニューの猛攻に私は抵抗することなどできずに欲望に身を委ねていた。

 気がつけば完食していた。

 お皿の隅に残ったクレームブリュレの焦げたカラメルをスプーンで削ってペロッとしているところにさっきの看護師さんがやってきた。

 空になった食器を見回して微笑む。

「あら、おいしかったでしょう」

「はい。ごちそうさまでした。朝からこんなに食べられるかと心配だったんですけど、あっという間でした」

「ここの食事は評判いいのよ。気難しい政治家のおじいさんだって、ご飯のことでは文句言う人がいないくらいだもの」

 うちの社員食堂と提携しているというのも納得だ。

「もう必要ないから点滴の針も抜いておきますね。今、先生こちらに向かってるそうですから」

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