バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 先生も納得したようにうなずいていた。

「まあ、仕事をしていれば誰でも気づかないうちに疲労がたまることもありますからね。結果として、休暇が必要だったということだと思いますよ。まあ、今はもう回復してるわけですから、問題はないでしょう。外傷もありませんからね」

「入院するほどのことではなかったということですよね」

「まあ、それは結果論ですよ。目の前で気を失って倒れる人がいたら、あわてるのは当然ですし、万一のことを考えたら大げさすぎるということはありませんからね。徹也君だって、最善をつくそうとしたわけですから」

 さらりと社長の名前が出てきたことに驚いた。

「うちの社長のことをご存じなんですか」

「ええ、私は叔父ですから」

「ああ、そうだったんですか」

 さすがセレブファミリーだ。

「これは医師としてではなく、叔父として言いますが」と先生が一段声を抑えながら言った。「徹也君のことを責めないでやってください。彼は中学生の頃に母親を亡くしてましてね。病気のことになるとちょっと心配性なところがあるんですよ。健康には人一倍気をつかっていましてね。そんなに気にしすぎると、それがかえってストレスになるぞって脅すのがお決まりのやりとりになってるくらいですよ。だから、あなたのことも気が気ではなかったんだと思いますよ」

 そうだったのか。

 お母さんが亡くなったなんて、大変だったんだろうな。

 ……あれ?

 お母さん?

 大女優、池内佐和子だよね。

「お母様は女優さんですよね?」

「ああ、再婚ですよ。後妻ですね。徹也君の実の母は私の姉だったんですよ」

 そういうことだったのか。

「私も医者だけに、姉の病気をなんともできないのが分かってしまって悩んだんですが、徹也君もあのときは相当ショックだったようでね。亡くなってからしばらく引きこもりのようになったりしてましたからね。まあ、これはあくまでも叔父としての話ですが、そういう彼の事情も分かってやってください」

「いえ、私の方こそ、感謝しきれないくらいです」

 タブレットを操作しながら眼鏡の奥で先生が微笑む。

「もう、退院しても大丈夫ですよ」

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