バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました
 裏手の搬入口までたどりつくと、業務用エレベーターの扉が閉まるところだった。

 よその会社の人たちも乗り合わせていたから待っていてもらうわけにはいかなかったのだろう。

「次ので行きます!」

 ああ、まただ。

 私はいつも遅れてしまう。

 ぴたりと閉じたエレベーター扉の前で次のを待っていると、靴音を響かせながら誰かが駆け寄ってきた。

「あ、たしか君はうちの……」

 山中先輩と同じ広報部の人だ。

 顔は知っているけど名前が出てこない。

 首から提げた社員証も裏返っていて読みとれない。

 とりあえず自分から名乗ることにした。

「総務部の星崎です」

「そうか、ちょうど良かった。社長、こちらからです」

 社長?

 見ると、後ろからやってきたのはハピネスブライト代表取締役社長、新羅徹也その人だった。

 旧財閥グループ本家の御曹司ながら、アメリカの大学を卒業後に起業し、自らの手腕で会社をここまで発展させてきたやり手の経営者として注目されている。

 しかも、まだ三十二歳の若さだそうだ。

 私と七歳しか変わらないのに、血筋と才能が違いすぎる。

 経済誌だけでなく、有名女優との交際も噂されるほどマスコミへの露出も多い。

 私のように転職まもない一般社員は社内モニター越しのスピーチ映像でしか見たことがない人だから、本物を目の前にすると緊張して何も言えなくなってしまう。

 仕立ての良いスーツが肩幅の広さを際立たせていて、頭一つ分くらい背が高いせいか、並んで立っているだけでも威圧感がある。

 おまけに目鼻立ちのくっきりとした表情には隙がない。

 常に注目を浴びながら生きてきた人なのだろう。

 そういえば、お母様は大女優の池内佐和子だったっけ。

「あ、あの……」

 焦れば焦るほど体がこわばって冷や汗が出てきてしまう。

 雲の上の人だからといって、挨拶もできないようでは社会人失格だ。

 なかなかエレベーターがこない。

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