秋を憂い、青に惑う
(次期四代目亭主の妻)
そもそも今時許嫁って何なんだ。肩書きは鬱陶しいししがらみはかったるい。
「ごめんね、母さん圧が凄くて」
「あ、い、いえ…!」
好きなとこどうぞ、って自分の部屋の中に招き入れたら多分、他の男一切知らなさそうなその子が居心地悪そうに立ったままでいるからじゃあそこどうぞ、と座卓のクッションを指差した。
礼儀正しく腰掛けてそれでも背筋を正している松山 桃に、微笑みながら心では無になって自分はベッドに座る。
「…ごめんなさい、突然押しかけてしまって…ご迷惑でしたよね」
「いや、部活動もしてないしいつも暇してるからこの時間」
「そうなんですね、すごくその、背が高いので何かされてるのかと思ってました、スポーツとか」
「したかったけど、母さんが認めない」
「…大変ですね…」
「お互いさまでしょ」
飲み物すらおれがどうぞ、って言わなきゃ手をつけないつもりなのか、手で飲んでくださいの合図をしたらまた頭を下げて一口だけ口に含んだ。黒髪色白、丸っこいフォルムのボブ。小動物みたいで、たぶん全然モテるんだろうに、父の言いなりでおれにあてがわれたこの子も可哀想な子だ。
そういうところで共感は出来ても、それだけだ。
誰かといても、満たされない。ここにいないみたいな心地になる。自分が何者なのかわからなくなる。本当の自分が、なんなのか。
伏し目がちにおれも飲み物を含んだら、熱っぽい視線を感じて彼女を見る。紅潮した頬が林檎みたいに色付いていた。
「あの、また逢いにきてもいいですか」
「今会ってるのにもう次の話ですか」
「あっ、すいません!」
「あんま謝らない方がいいと思う、癖になる」
「ごめ…すい…はい」
慌ててアイスティーのストローを手に取って一気飲みする松山 桃を頬杖をついて見ていたら、しどろもどろと視線を散らされた。…今日初めて会ったのに、この子はおれのことが好きなのか。それとも男慣れしてないだけなのか。どうでもいいけど、まるで愚かだ。
だってこの子と結ばれた暁には、おれは自分を殺すことになるし、この子は一生本当のおれには出会えない。
「わ、私、が、無理言って今日あなたに会いに来たんです」
どんな人か知れて良かった、素敵な人で良かった、って泣きそうな顔で言うけど残念でした松山 桃。おれ、お前が思ってる人物像とはきっとずっと程遠い。