交錯白黒
「えっ……」
カン、と机とシャーペンがぶつかる音が虚空を穿った。
「わっけわけんねぇ……」
片手で両目を覆い、天を仰いだ琥珀の溜息が混沌で満ちたこの空間を行き場もなく彷徨う。
「し、死因は?」
これが他殺や不審死なら、話が変わってくる。
追い詰める調査すべき相手は高田華斗ではないのかもしれない、という可能性が浮上してくるのだ。
「さあ、そこまでは……」
天藍ちゃんの声にも狼狽が顕になっていた。
そりゃそうだ、天藍ちゃんに聞いたってわかる筈がない。
「xは華斗の死を知らない人物なんだな。だが、櫻子はどうなんだ?」
琥珀の言葉でxに囚われた思考の隙間に、さっと風が流れた。
「知っていてわざと言わなかった……?」
「その可能性が高いだろうな」
琥珀がすっかり疲弊しきった表情で、艶やかな黒髪に長い指を滑り込ませる。
白い額に、繊細な髪の先が何本か落ちるとその指を髪から抜き、洗われた直後の犬のように頭をふるっと振った。
「ちょっ……ちょっと待って、それは何の為に?目的がわからなければ嘘ついてるかなんてわからないわ」
「おそらく櫻子のほうに重大な証拠があるんだろ。それを隠蔽工作するために、時間が必要だった。あの状況で、すぐに気づかれようが少しでも時間稼ぎができるのなら、と考えて言ったのなら……」
「ちょ、琥珀ストップ」
流暢に推理を並べていた琥珀に耳打ちすると、彼は不快そうに眉をひそめ、僕を睨んだ。
僕がゆっくりと目線を彼女、天藍ちゃんの方へ誘導すると、あ、というように吐息を漏らしてバツが悪そうに口を尖らせる。
「……悪い」
仮にも彼女が生きてきた十数年間、櫻子は彼女にとって本物の"母親"だったのだ。
僕は読心術など会得していないから、人の心なんて読めない。
だから、彼女が今も櫻子のことを母と思っているのか、それとも恋藍のことを母として認めて、そちらに気持ちが向いているのかわからない。
でも、血が繋がっていようがいなかろうが、はたまた好いていようが、嫌っていようが。
ずっと一緒にいると、多少なりとも情が芽生えてくるのが人間の性ってものだと、僕は思う。
まだ彼女自身、整理がついていなくて葛藤しているのかもしれない。
だから、あまり悪く言われるのも嫌だろう、そういう僕の考えだ。