北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
-4日目-
「あー、もうこの駅に来ることもないんだなぁ」
 凛乃は今日、これに類するセリフを何度も口にしている。
 うれしくてならないからだ。
 トランクルームの荷物をすべて小野里邸に移し切り、暗澹たる思いでこの駅ビルを通過する理由はなくなった。
 平日のランチタイムを過ぎた駅ビル内のイタリアンレストランは、かつて無職の財布を守るために入るのをあきらめていた凛乃を労うように、ほぼ貸し切り状態だった。
「でも、ガテンな累さんがもう見られないのは、惜しいかな」
 昨日の姿を思い出して、凛乃は笑みをこぼす。
 ふだん表情を隠している前髪を上げて、汗留めのために幅広に折ったタオルを頭に巻いた累は、きゅんとするほど逞しく見え、実際のところ筋トレの成果も発揮して大物をすいすいと運んでくれた。
 当の累は、前髪が立ち上がったまま癖づいてしまったのを思い出したように、前髪を指で払ってから言った。
「利用料、来月分まで払ったんなら、こんなに急いでカギを返さなくてよかったんじゃない?」
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