北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 累の横顔からは感情のアップダウンはうかがえない。もしかしたら凛乃たちの会話なんて耳に入ってなかったのかもしれない。
 凛乃はシートにもたれて、累とは逆サイドの、見知った街並みを見やった。
 こんな展開になったのは、累がいると思って大きく出たせいだ。張りつめた様子の累を目の当たりにすると、緩衝材にならなければと痛感する。母親と敵対することは、累の立場を苦しくすると頭ではわかる。
 でも。
「オカンのために結婚するんじゃないし」
 エンジンの騒音にまぎれてつぶやく。
 母親が望む結婚ではなく、自分がしたい結婚こそが自分には必要なのだということを、曲げたくない。
 凛乃は右手の先につながった、たいせつなひとを見つめた。
 結婚がしたいんじゃない。このひとと結婚したい。
 姉の視界に入るときは隠したものの、凛乃は実家の玄関ドアを開けるその時まで、累の手を離さなかった。
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