北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 コーヒーの味がしない。
 凛乃はコーヒーカップに視線を落としたまま、肩をこわばらせた。
 ジュエリーショップを出てから、累はずっと暗い顔で黙っている。
 デパート内には空席のあるティールームが見つからず、風が吹き始めた街を少し彷徨った。つないでいた手が冷たいように思えて、凛乃は震えながらついていくしかなかった。
 たどり着いた裏通りの古びた喫茶店は、客も少なく落ち着いた雰囲気だ。けれどそれがまた、累の沈黙を重く感じさせる。
 失敗したんだ。ここまできてわたしは。
 暖かい店内で、冷や汗が背中を流れる。
 にぎやかな場所も人混みも苦手な累さんがわざわざ連れてきてくれたのに、せっかく指輪を買おうって思ってくれたのに、水を差しちゃった。
 正面に座っている累は、めずらしくしかめ面で腕を組んでいる。目線はコーヒーカップに落ちたままだ。
 どうしよう、なんて言えば。なんて言ったらやり直せるかな。
< 230 / 317 >

この作品をシェア

pagetop