北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「ちがうの」
 あふれるまえの涙を指の背で拭う。
「結婚を辞めにしようって言われるんだと決めつけて、わたしが勝手に、落ち込んで」
「それはない」
 驚いたようにすかさず反論した累が、遅れて指で凛乃の頬をそうっと撫でた。
「それはないよ」
「うん」
「方法でギブアップしただけだから」
「よかった。まだ結婚する気でいてくれて」
 涙でまだ濡れている手が取られ、テーブルの上でしっかりとつなげられる。
「おれは結婚したい。結婚しよう。結婚して」
 凛乃はこくこくと何度もうなずいた。
「結婚する。結婚しよう。わたしも結婚したい」

 もう一度ジュエリーショップに戻ったふたりの顔を見て、販売員が満面の笑みで迎えてくれた。
「おめでとうございます!」
 式で聞けるはずの神父や神主の宣誓に先立って祝福の言葉を注がれたふたりは、しぜんと敬虔な思いに満たされて、揃って首を垂れた。
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