北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 駅までの道すがら、累は無意識なのか、しきりに凛乃の薬指をくりくりと撫でた。
「肩すかしというか、完結してないというか、なんかまだふわふわしてる」
 買ったマリッジリングをその場で持ち帰れると思っていたようで、いまだにキツネにつままれたような顔だ。
「いっぱい考えてくれてたもんね。ありがとう」
 スキップ気味に歩く凛乃のほうは、身体のすみずみにきらきらした興奮の余韻が残っている。
 サイズ調整を頼んだマリッジリングの引換証にさえときめくし、初見で飛び込んだちょっといい店での記念ディナーにも大満足だ。
 だからこそ、混んだ電車に荷物みたいに詰めこまれて、ぎゅうぎゅう押しつぶされて帰りたくなかった。
 この先にある地下鉄の入り口を下りていけば、乗換駅までも数分。でも。
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