北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 この数日、夕食後のまったり時間に30分だけ、スタンドミラーのリメイクに没頭していた。
 納戸の隅の歪んだ紙箱に入っていたそれは、精緻なアラベスク模様が目を引く逸品だったのに、売ることもだれかに譲ることも叶わなかった。ミラー部分に豪快なヒビが入っていたからだ。
 なにかに再利用できないか思案しつくした結論は、近隣の百円ショップを廻りに廻って、ようやく見つけた近いサイズのミラー。
 割れたものと入れ替え、枠とミラーの隙間へ、ちまちまとカットビーズを貼り付けそれは生まれ変わった。否、生まれ直した。
「アイデンティティが傷ついたからって、捨てることないですからね」
 ミラーをシューズボックスの上に置いて、引きから眺める。それなりの見栄えでも、悪いものを跳ね返してくれそうに頼もしい。
 累が、ドアが開きっぱなしの洗面脱衣室にタオルを投げ込んでから、小さく拍手した。
 凛乃はバンザイとも大きな伸びともいえる動きで両腕を突き上げた。
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