蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜
暫く放心していた俺は
我に返ると蓮を追いかけるために走り出した
正面入り口から外へと飛び出せば
蓮を乗せたであろうタクシーが走り去るところだった
タブレットを片手に呆然とする
その俺の目の前に黒塗りの車が止まった
「郡の若、乗ってください」
運転席から降りて頭を下げたのは大吾
待っていてくれたことに驚いて
小さく頭を下げて車に乗り込んだ
「行き先は・・・」
振り返った大吾の顔を見ながら
暫し悩んで・・・諦めた
「郡の家までお願いします」
「承知」
車窓から流れる景色を焦点の合わない目が追う
僅かな時間で到着した後は
そのまま部屋に引きこもった
□□□
ドンドンドン「大和っ」
煩いノックとお袋の声で部屋の鍵を解除すると
「あんたねー」
ノックの勢いそのままに部屋になだれ込んできた
「あ゛?」
「聞いたわよっ、蓮ちゃん怪我させたって言うじゃない」
「フッ」
情報源は親父だろうが早すぎだ
「益々距離を置かれたらどうするのよっ」
何をそんなに息巻いているのか
ギャーギャー煩いお袋を無視することにした
反応のない俺のことなどお構い無しに
言いたいことを並べると、スッキリした顔で
「あ、ご飯よ」
ついでのように言い放って出て行った
「なんだあれ」
ポツリ溢した声はやはり掠れていた
次は二週間後
蓮に会うための根回しに
アレを使うことを思い出して
部屋の隅にある
ショーケースを覗き込んだ
その中からいつもとは違う
年代物のカメラをひとつ手に取る
蓮の爺さん・・・二ノ組の目である山之内誠さんの営むカメラ屋には
毎月カメラを片手に通っている
趣味のカメラを中心に紅茶を飲むだけのゆっくりとした時間は俺の癒しでもあった
その、二人の会話の中にこの六年間
蓮の名前が出ることはなかったが
今回は誠さんにも味方について欲しい
そう願いながら
持ち出したことのないカメラを専用バッグの中へと入れた