大正蜜恋政略結婚【元号旦那様シリーズ大正編】
「お礼などいらない。それに、まだこれからだよ」


部屋に入り、ネクタイを緩めた敏正さんがもう一度笑顔を作ったので、私も笑みを返した。

彼の笑顔がぎこちなかったとしても、今の私にできることはない。


「そうですね。夕飯、すぐにご用意します。今日はさわらの西京焼きです。敏正さん、お好きですよね」

「おぉ、それはうれしい。郁子が作ったのか?」

「はい。春江さんの味を覚えましたから」


春江さんはまるで母のように私に調理方法を伝授してくれる。

料理がうまい彼女のおかげで、ここに来てからいろいろなものが作れるようになった。

華族に生まれると、すべて女中任せで一度も料理の経験がないという人もいるようだけど、私は大切な旦那さまが口にするものを自分で作れるのが幸せだ。

私は軽快に階段を下りて、炊事場に向かった。



丸の内三谷ビルヂングの落成式の前日。
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