五年越しの、君にキス。

いつもはふざけてるみたいな伊祥の軽口にすぐに言い返すことができるのに。

少し髪に触れられただけで、直接素肌を撫でられてでもいるかのように心臓がドキドキとしていた。

最初は五年ぶりに再会した伊祥との距離の取り方がわからなくて。再会と同時に伊祥の婚約者という立場になってしまったことに、現実感がなくて。

『まだ奥さんじゃない』なんて照れ隠しの言葉を返していだけれど。

伊祥と過ごす日々を重ねるごとに、そんなことはもうどうでもよくなってきている。

五年も離れていたはずなのに、再会した伊祥のそばにいる私の心はドキドキして、満たされていて。

どうしてあのとき別れを決断できたのか。これまでずっと離れていられたのかわからない。

伊祥と婚約をして一緒に暮らしているけれど、今の私はまだ正式には伊祥の奥さんではない。

そのことがもどかしく思えて、軽く触れたままでいる伊祥の指先をぎゅっと握る。

もしかしたら今は私のほうが伊祥以上に、彼の『奥さん』になることを望んでしまっているかもしれない。


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