千歌夏様‥あなたにだけです。〜専属執事のタロくん〜
「‥タロくん‥っっ!」

何度も‥千歌夏様を抱きしめた。
その度に、千歌夏様は顔を赤くしていく。
たまりかねたように、千歌夏様は俺の胸を強く押した。

「もう‥っ!タロくん‥どういう事‥?」

千歌夏様が一瞬、俺を睨みつけるような眼差しをおくってくる、それと同時に、涙が溢れていた。

「‥‥‥申し訳ございません、千歌夏様‥好きな方がいらっしゃるのでしたら、こういった事にも慣れておきませんと‥と思いまして‥出過ぎた真似を‥申し訳ありませんでした。」
そう言った俺は、一寸の狂いもない専属執事の顔をしていた。何て‥ズルイ‥卑怯者‥‥‥‥‥。


「だからって‥急にこんな事‥しないで‥もう、私を抱きしめるの‥やめて」

“抱きしめるのやめて”

胸を何かで刺されたような衝撃がはしっていく‥。
天罰‥だ。卑怯者だから‥言われて当然だ。
だけど‥
今まで、抱きしめるのは私の役目だった‥
誰かを好きになったからか?
そこまで好きなのか?
私はもう‥いらないのか?

私はこんなにもあなたが欲しいのに‥

「‥そうですか‥かしこまりました。」
専属執事の俺は、嘘でごまかすように爽やかな微笑みを見せた。

「‥‥‥‥‥‥タロくん‥怒ってるの?」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ!

「‥何でですか?」
恐る恐る、千歌夏様の顔を見る。

「‥だって‥いつもと違うから‥タロくん‥全然笑ってないから‥」

何を言って‥るんだ?笑ってるじゃないか‥。
「‥え、と‥おっしゃいますと‥」

「‥‥‥‥私の事‥怒ってるのよね?そうでないなら、そんなに悲しい顔をしないはずよ‥ごめんなさい‥今まで、こんなにタロくんに甘えてきたのに‥急に‥
こんな事言って‥でもね、これだけは信じて‥私にはあなただけ‥タロくんだけよ‥だから‥これからもずっと一緒にいてほしいの‥ずっと‥ずっと‥一緒にいてくれないかしら‥」

千歌夏様が私を見つめながら涙を流している。
あぁ‥そんな‥当たり前だ‥ずっとそのつもりだ‥俺の全てをかけてあなたをお守りすると決めている‥。
だが‥こんなふうに言って頂けるなんて思わなかった‥

「もちろんです‥この身が滅ぶまで千歌夏様にお仕え致します‥。」

「ええ、だから‥タロくん‥好きな人ができたら遠慮せずに付き合っていいのよ‥それに結婚だって‥私はタロくんが専属執事として居てくれたらそれで十分だから‥」

千歌夏様はそれだけ言うと、椅子に座り直して参考書を広げた。

え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?

あまりの事に千歌夏様が何をおっしゃったのか理解するのに時間がかかった‥

つ、つまり‥千歌夏様には好きな人がいて、どうしたらいいのか悩んでいらっしゃる‥そして私にベタベタしないでほしいと思っているが‥私は執事としてずっと一緒に仕えてほしい。そして私の幸せを願っていらっしゃる‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?と言うことか?


千歌夏様の好きな方は誰なのですか?



絶対に‥‥‥‥‥‥‥‥‥阻止しなくては‥。
ドクン‥ドクン‥胸が‥ザワザワしていく‥
天使の様な千歌夏様‥
それに引き換え‥
俺にはこんな汚い感情が‥渦巻いている。

「‥‥‥‥‥‥‥はぁ‥‥‥‥‥‥‥」

嫌気がさし‥思わず溜め息が出る。

その溜め息に反応した様に彼女がチラッと私を振り返りながら、悲しそうな表情をしていた事にその時はまだ、気が付かないでいた。
あなたがどんな思いで私にこの様な事を言ったのか‥

あなたが誰を好きなのか‥
そんな事ばかり考えてしまいました。

千歌夏様‥
私は‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あなたが好きだ。

あなたが誰を好きだろうと‥
誰にも渡さない‥
絶対に‥誰にも‥。







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