呉服屋王子と練り切り姫

いざ、奈良へ

「グーテンモーゲン! キモチのイイアサダネ、ジンパチ、モナカチャン!」

 ゲーン夫妻がホテルの朝食会場に着くと、私と甚八さんは立ち上がって会釈した。

「ソンナニカシコマラナイデ! カタクルシイノ、イラナイ。ワタシタチ、ジンパチとモナカチャン、ダイスキ!」

 気さくに手を上げて近づいて、私たちの前の席に着くゲーン夫妻。54階の高層レストランからは、朝霞に覆われた都心が一望できる。それにしても、このフロアにももちろんゲーン夫妻と私たちの他には、警備員と少数のウエイターがいるだけだった。改めて、この場に私がいることがおかしくなってくる。謎の緊張のせいで、胃がキリキリと痛む。若い男性のウエイターの水をグラスに注ぐ手がややプルプルと震えていて、分かります分かります同じ気持ちですよ、と心の中で話しかけた。

「アキノナラ、オススメハ?」
「鹿に会いたいなら、奈良公園へ行きましょう。あそこの鹿は神が姿を変えたものとされていて、とても大切にされていますから」
「ソウナノネ! デモ、ウツクシイオテラ、ジンジャモミタイ!」
「古い神社やお寺はたくさんありますが、どこかご覧になりたいところは?」
「ナンダッケ……アノ、キンピカノオシロ!」
「金閣、ですね。それは奈良ではなく京都なので……少し遠いですが、よろしいですか?」
「カマワナイ! キンピカ、スゴクキレイネ! ミテミタイ!」
「ダイジョウブヨ! ワタシタチ、キョウトモイッテミタカッタノ!」

 何だか話がとんでもない方向に行っていることに気をもみながら、私はキリキリと痛む胃に超高級なモーニングを無理やり詰め込むのに必死だった。
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