呉服屋王子と練り切り姫

服を返しに来ただけなのに

 次の休日、私はクリーニングから帰ってきた服を手に悩んでいた。これを甚八さんに返さなくてはならない。しかし、彼の居場所がわからないのだ。玲那の話だと、あまり店舗にはいないらしい。かといって、自宅に押し掛けたところでいるかどうかも分からない。
 ………どうしよう。

 悩んだ挙句、私は「加倉」呉服店に足を向けた。
 
「あのー、すみません」

 高級な店が連なるショッピングモールに、ど庶民の私。明らかに世界が違いすぎる。お店の中に声をかけると、いぶかしげな視線を向けられた。……そりゃそうだ。クリーニングをした洋服を入れたのは、某衣類量販店の紙袋。こんなところ、私だって用がなければ来ないわよ!

「あら、東郷様ですね? 本日は如何なされました? あ、もしかしてまた甚八様のご同行で……」

 前に私に着付けをした女性が出てきて、にこやかに話しかけてきた。そのおかげで、私に向けられたツンとした視線がなくなって、いくらか安堵した。

「いえ、違うんです。借りものを返しに来ただけで……」
「はて……? 何かお貸ししていましたっけ? 確認してまいりますので、そちらに掛けて少々お待ちいただけますか?」

 彼女に促され、店先の商談用の椅子に腰かけた。先ほどまでのツンケンした視線を送っていた従業員が、私にお茶を淹れてくれた。甚八さんの名前が出たとたんに、この態度の差だ。はぁ、と溜息が零れた。

「では、今後もご贔屓に」

 聞きなれた声に視線を上げると、ニコニコしながら奥のVIP用商談用スペースから出てきた甚八さんが、若い中東系のお客様をお見送りしていた。甚八さん、今日お店に居たんだ……。
 チラチラと甚八さんを見ていると、お客様が去って彼が店内に戻るタイミングで目があった。

「あ」
「……どうも」

 私はペコリと会釈して、彼の元へ駆け寄った。

「何の用だ?」
「これを返しに」

 私は某衣類量販店の紙袋を彼に差し出した。甚八さんは周りをキョロキョロしながら、私の手首を引っ張って、先ほど自分が出てきた商談スペースに私を押し込んだ。
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