呉服屋王子と練り切り姫
 甚八さんの部屋にそのままいついて3日がすぎた。相変わらず帰宅したら部屋の掃除、夕飯の買い出し。夕飯を作っているときは、何もせずただじっと手元を覗く甚八さん。

「お前の手は魔法みたいだな」

 そんなことをたまに言うけれど、私は甚八さんの着物を愛でる優しい手の方が魔法みたいだと思う。あの手で、私に触れてくれたら……
 私はあらぬ妄想に意識がいってしまい、慌てて頭をブンブンと振った。

 次の日、甚八さんも呉服店に用事があるというので、一緒に職場へ向かった。

「愛果さん、おはよっす」

 後ろから声をかけてきた将太君は、隣にいた甚八さんをちらっと見ると、一瞬目を見開いたがすぐに私にウインクを向ける。
 私はその意味を理解して、甚八さんは私をどう思っているのか急に気になった。甚八さんの顔を見ようと顔を上げると、そこに彼の姿はもうなくて、ただ大きなショッピングモールが立ちはだかっているだけだった。
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