嫌わないでよ青谷くん!
二章・スタート値ゼロ

係決めだね青谷くん!


 梅雨も終わりに向かい、日増しに夏が顔を出していく。肌にまとわりつくような蒸し暑さに身体を重く感じながら、直子は机に伏せていた頭を持ち上げて黒板を見る。



「じゃー、文化祭の係決めしていくよぉ」



 一秒一秒をしっかり数える話し方のまま仕切る芽衣がいた。その隣では類が欠伸を欠いている。その姿を確認し、首筋を伝う汗を払い除けてから、再び腕で顔を覆う。視界を閉じたことでに汗が伝っている箇所がより感じやすくなる。


 直子は腕の隙間から右隣の青谷を盗み見た。相変わらず真っ白な表情だ。回され続けるシャーペンが静かに退屈を主張している。

 こうしてじっくり見ると、やはり青谷は美しいと思う。冷たい輪郭でありながら、形の良い目や鼻、それらに付随する柔らかさがあって、上品な感じがする。直子は神秘性を目の当たりにし、静かな吐息を吐き出した。

 すると、今まで黒板に注がれていた視線が移動し、直子を捉える。「あ」軽い重さの驚きが直子の口からこぼれた。



「何」



 鬱陶しそうに目が細められる。直子は反射的に身体を硬らせる。



「何か用?」


「用っていうか……えーっと、違うなんでもないごめん」



 顔が恐ろしいほどあつい。熱を逃すようにぱたぱたと手を動かす。恥ずかしさに穴があれば今にも埋まってしまいたい衝動を隠すように直子は勢いよく腕の中に潜る。


 頭上で、楽しそうに漏れる息の音が聞こえた。



「ふはっ……冗談だって」



 訳が分からずゆるりと頭を上げる。頬を伝う汗が重力に耐えきれず机に染みを作ったのが見えたが、それどころではなかった。白黒点滅する視界の中、青谷が我慢ならないと腹を抱えてうずくまる。子供のような笑い声が飛び出しては弾けていく。



「山崎さんって揶揄い甲斐があるよね」



 嬉しくない褒め言葉に心臓がムッ、となった。指先から苛立ちを逃すように髪の毛を梳く。



「青谷って性格良いのか悪いのかわかんない」


「山崎さんは性格悪いよね」


「青谷限定だから」



 美しいものには刺があるとはよく言ったものだ。髪を梳く途中で引っかかった指を抜いて青谷にデコピンを一つお見舞いする。乾いた音が湿った空気と混じって消えた。思わぬ反撃に青谷は目を瞬かせて額を抑える。



「暴力女」


「はいはい」



 会話を打ち切るように視線を黒板に動かす。その時、髪がひっぱられる感覚が強烈に直子の身体を貫いた。
< 15 / 18 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop