嫌わないでよ青谷くん!
「いっ……」



 髪に伸ばされた手を辿ればそこには戸惑いの表情を浮かべる青谷がいた。直子は怒りを込めて睨み付ける。



「暴力男」


「いや……違くて……髪がこごなってたから直そうとしたんだよ。……ごめん」



 瞳をあっちこっちに彷徨わせている様子を見る限り、それが嘘だとは思えない。青谷のあまりの不器用さに、直子は口をあんぐり開けて驚く。決まりの悪い表情で俯いた途端火照りだす青谷の顔を凝視して、自然な笑いがこぼれた。



「青谷って馬鹿だよね」


「お前にだけは言われたくない」



 俯きながらも優しい手つきで直子の髪を梳いているあたり憎めないのだから仕方ない。

 穏やかな気持ちで今度こそ黒板を見れば、新しく役職が書き足されていた。

 直子のクラスはカジノをやることとなっており、それにならった役職名が連なっている。が、しかし男女ペアで組まれている役職が多過ぎる。疑いの心で芽衣に視線を向けると、直子の思っていることを察したのか悪戯っ子のように舌を出して右手でごめんなさいのポーズを作った。直子は思わず額に手を当てる。



「えっ……今度は何」



 芽衣との会話の内容が掴めないのか訝しげに青谷が直子を見る。直子はため息を一つついた後、呆れをたっぷり装飾して説明する。



「恋路見届けるのが大好きな子の策略で、カップルが量産されそうな男女比になってんの」


「あぁ……」



 青谷は面倒くさいと言わずに息だけで表現する。不動の眉がわずかに潜められる。先程の直子と同じように額に手を当てて、それからやや間を挟むと、今度は顎に指を当てて何やら考え始めた。一頻り考えた末、無感情な瞳で直子を見据える。



「山崎さん、ペア組もう。役職は受付で」


「は……?」



 間抜けな声だった。青谷には度々驚かされているが、今回はその比じゃない。



「俺山崎さん以外の女子知らないし」


「……あ、そゆことね」



 脳内を蔓延ってた戸惑いが一気に収束して合点がいった。次第にその言葉の意味が咀嚼されていき、一人直子は嬉しくなる。

 まさか青谷がこういうことを言ってくるとか日が来るとは思いもしなかった。少なくとも直子は青谷のことを認めているが、彼も同じ気持ちなのだろうか。そうであったら嬉しい。


 小学生が褒められた時のように手をあげる。威勢の良さに驚いた類が上擦った声で直子の名を呼ぶ。思いっきり肺に息を溜め込んだ後、晴れやかに直子は声を張り上げた。



「青谷と山崎、受付やります!」

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