嫌わないでよ青谷くん!
 ともかく筆箱は見つかったのだからこれでもうこの気まずい空間から抜け出せる。喜色を行動に乗せ、思いっきり腕を引っ張る。書類からの圧迫感から解放された腕をぶらぶらと踊らせる。と、その時、書類の上層部から滑るように崩れ始めた。騒々しい音を立てて崩れる光景に、直子は思わず目を覆う。だんだん崩壊速度はなだらかになり、軽やかな音と共に、最後の書類が落ちていった。おかげでロッカーは綺麗になり、床は地獄のようだ。



「……青谷」


「っく……な、なに……ふっ」



 笑ってる。ショックのあまり顔を上げられないが、声が愉悦に揺れていた。

 恥ずかしさに顔が熱を帯びるのがわかる。それを悟られないよう、拳を強く握りしめて直子は耐える。



「ごめん……これどうにかすんの手伝って」


「ちょっ……ふっ……待ってもう無理耐えられない」



 そう言うが早いが大口を開けて笑い始めた。直子の知っている青谷とかけ離れた行動に、思わず顔を上げて目を見張る。するとそんな直子の表情に気づいた青谷は笑いを引っ込めて眉を潜めた。



「何、俺笑っちゃいけないの」


「いやんなわけ」


「はーっ……いいよ、山崎さんの馬鹿見れて楽しかったし手伝ってあげる」



 あまりにも上からの物言いに血管が一つ切れる音がした。しかしそれをおくびにも出さず、直子は受付嬢のように微笑む。



「ありがとう青谷」



 完璧な微笑みであった。唇の角度、目尻の窄ませ方、頬の上がる位置、全てが自分の武器を知った上で計算された精緻なものであった。

 けれど、青谷は舌打ちをしたのだ。直子の完璧な微笑みに、彼は在らん限りの力を込めて舌を鳴らしたのだった。


 予想外の反応に直子は戸惑う。



「え、な、何……?」


「その人のこと見下したような笑い方やめてくんない? クッソむかつく」



 たらいが当たったような衝撃が直子を襲う。自分の笑い方について否定的な意見が出たのは生まれて初めてだった。思考とはかけ離れたところから言葉が漏れる。



「何それ……」


「いやだから……はぁ」



 話し疲れたとでも言うように目を伏せ、青谷は立ち上がって直子に近づき、無言のまま落ちた書類を拾い始めた。



「何か言ってよ」



 苛立ちと悲しみに同時に襲われてままならない思考のまま、なんとかそれだけは絞り出す。青谷は面倒くさそうに眉を寄せ、けれどはっきりとこう口にした。
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