【改訂版】CEOは溺愛妻を杜に隠してる
隠岐家の新人類
 くらり。
 最初はめまい。

 それからTVドラマを観ては泣くようになった。
 食欲は落ち、ひたすら眠い。

 明らかにおかしい。 
 私を溺愛してくれてる護孝さんが見逃すわけがないのに、そんなことすら考えつかなくなっていた、朝。

「ひかる」

 ぼうっとしていると護孝さんに声をかけられた。
 彼の表情がいつにもまして厳しい。

 まずい。
 最近、家事もしていないし体調がよくなくてツアーガイドの予定も入れてない。
 呆れられてしまった?
 もしや。飽きられて離婚されちゃうの?

「いやっ」
「ひかる?」

 私は護孝さんに抱きついた。

「最近ナマケモノなの、ごめんなさい! でもあなたが大好きなの、別れたくないっ あんまり働けないけど頑張るから離婚しないでっ」

 彼の胸に頭をぐりぐりこすりつけた。
 ひどいなあ。
 なんて自分勝手。
 こんな子供みたいな言い訳、裁判で百パーセント負けるでしょう。

 子供。

 いやに、その一言が重要であるかのように耳に聞こえる。


 ドクン、と私の心臓が二重に打ったみたい。
 二重に? どうして。


「例え、ひかるが別れたいと言っても手放してやれないが」

 嬉しそうな愛おしいような声。
 相変わらず私への熱を湛えている護孝さんの言葉にほっとする。

「眠気、食欲不振、情緒不安定。これはやっぱり」

 護孝さんがひょいと私を抱き上げた。
 心なしか、嬉しそうで。

「ひかる、病院に行こう」
「え、たいしたことないです」

 うちの旦那さま、過保護で溺愛がすぎる。

 しかも今回はなぜか運転手さんつき。
 私とのデートは極力人を挟まないのに。

 ん?
 病院行くのはデートじゃないからかな。

「だって、俺が運転してたら狂喜乱舞してしまうかもしれないだろう? ひかるは大事なからだなんだからね、無理はさせられない」

 普通、こんなことくらいで病院に行ったりしないよー。

 私がだるそうにしてたのがいけないんだけど。
 で、なぜ護孝さんが大喜びがする前提なの。

 連れていかれたのは産婦人科。
 名医と評判で、ここで生まれたお子さんは安産だと聞いている。

 この産院、お庭が良いんだよな。
 見学させてほしい。
 できれば、手入れされているスタッフさんとお話してみたい。

 採尿したあと、最終生理日はいつかとか聞かれて。

「おめでたですよ」

 お医者様に言われた。
 五週目とのことだった。

 私と護孝さんの……。
 もう、そこからはよく聞こえなかった。
 え。え?
 いるの、このお腹の中に?

 私は呆然。
 護孝さんは嬉しさを噛み締めているみたいな顔。
 そして、あちこちにメールをしている。

 家の駐車場に着くと、また護孝さんは私を抱き上げた。

「あの、護孝さん、あの」

「だめ。ひかるを安全に運ぶのは俺の権利だから」

 そっとソファに座らせてくれる。
 隣に座るのかなと思っていたら、彼は私の足元にひざまづいた。

「ひかる、俺の子供を宿してくれてありがとう」

 夫の双眸が涙で潤んでるのを見て、ようやく私も実感した。

「護孝さん……」

 彼を抱きしめるよう上から覆いかぶろうとしたら、膝立ちになり私とお腹の子ごと抱きしめてくれた。

「頑張っていたつもりはなかったけど、こんなに早く授かるとは思っていなかったな」

 にこっと微笑まれる。

 あ、あれで頑張ってなかったのか……。
 彼が出張行ってる時以外、夜な夜な愛されているような気がするんだけど。
 ハイスペックな人って絶倫なんだ……。

 照れたりしていると、護孝さんがそっと私のお腹に顔を寄せてくれる。

「ひかる、俺をこんなに幸せにしてくれて、ありがとう。ひかるのことをもっと大事にするよ。勿論、お腹の子供も。いっぱい愛して、たくさん幸せにする」

 私、十分幸せだよ。

 双方の実家に連絡すれば、誰が早かったのかわからないくらい、あっというまに集まってくれた。

 駆けつけてくれた家族とベビーグッズで我が家は溢れかえりそうだった。

 誰も彼も泣き笑い。
 私達は顔を見合わせあっては微笑み、目を見交わしては同時に潤ませていた。

 護孝さんはさっそく男性の産休制度を利用するという。

 庭園ガイドは私の体調がよくなるまでおやすみとなった。

「元々不定期開催だったしな」

 護孝さんが嬉しそうだ。
 でも私は。

 私のことについて世界一有能な旦那様はこっそりと耳元で教えてくれた。

「もちろん、庭師にライブカメラを持たせて毎日手入れさせるよ。ひかるはコメントをつけて、オンラインで配信すればいい」

 私を飽きさせないための工夫と、私を囲い込み作戦が水面下で行われていた。

 庭園の杜ホテルにも育児室を作ってもらえることになった。

 ベビーベッドなどは当時のアンティークを探し出したという。
 おまけにナニーさんまで。

「まだ生まれてないのに早すぎるよ」

 胎芽なんて呼ばれてる、『児』でもない私のお腹の中の命。

「奥様。妊娠線をできにくくしましたり、マタニティライフを快適に送るためにはむしろ妊娠初期から始めたほうがよろしいのです」

 マタニティビクスやマタニティエステ、助産師資格もあり、ボディガードとしても問題ない。と言う、スキルデパートみたいな方がついてくださることになった。

 私、働いていないのに、いいのかな。

「諸説ありだし、俺もたくさん育児書を読んだけど。妊娠・出産・育児は医師や看護師の目の届かないところでの家族やスタッフの協力が不可欠だと俺は感じてる」

 そうだなぁ。
 レストランでお子さんにご飯食べさせながら交互に料理を食べてるご夫婦がいた。

 私はあれを見て、子育ては二人以上の人間で行うべきだ、って思った。


「サポートの、どう言うところがありがたくて、どう言うところが不要だから必要なものはなにか。詳細なレポートにしてくれ」

 私に仕事を与えてくれたことで、恵まれすぎた境遇を負担に思わないよう気遣ってくれる。

 本当に護孝さんは素敵。

「いずれ、エスタークホテルの女性スタッフや産科と提携したホテルへのフィードバックとするから」

 私の旦那様、有能すぎる件。

「さて合理的は良いけれど、古くからの知恵も侮れないものです。ひかる、おむつをたくさん縫いましょうね」

 お祖母様がたくさんの布を抱えておいでになった。

「隠岐の奥様がおくるみのレースを編んで下さるとおっしゃってたから……」

 伯母様もニコニコされている。

「昔はね、お針の集いで裏社交界を発展させたものですよ」

 お祖母様ーっ。
 怖い怖い!
 真夏の夜の怪談よりもニコニコ顔の方がもっと怖い!

「せっかくだから、ひかるも『社交界』をのぞいてみましょうか」

「お祖母さま」

 護孝さんが改まった表情になった。
 新しい孫に、祖母が向き直る。

「あなたがね、この娘を風にも当てぬように隠してくれているのはわかります」

 隠す?

 オンラインにも、メディアにも結構露出してしまっているけれど。

「あなたとしては、この娘に何の価値もなくてもいい。むしろ、彼女の光り輝く箇所を誰にも見つけないでほしいのでしょうけれど」

 護孝さんが伯父様に言い負かされた時のような顔をしている。

 ほんと?

「いけませんか」

 彼は本気だった。

「私の掌中の珠であることは私だけが知っていればいい。むしろ、隠岐護孝の最愛の女性と知られることは、ひかるにとって危険なのです」

 そ、そうかな。 
 ボディーガードさんつけすぎ問題なだけでは。

「けれど、ね。千に一、万が一、あなたの援護が届かない時があるでしょう。そんな時、この子は自分で立って戦える女ですよ。わたくしや身内どもはひかるや玲奈をそのように育てましたからね」

 母や伯母がうんうんとうなずく。
 とっさに思ったのはプロジェクト発足のときのパーティ。

 母よ。私の旦那様を前にして
『ほーら、ひかる。お祖母様から昼行灯って言われてるわよ』という意味の目配せはやめましょう。

 ……なんで、私『ひかる』って名付けられたんだっけ?

『自分では無理でも、誰かに磨かれればひかる』?

 生まれた瞬間から既に他力本願の匂いがぷんぷんである。

 あ、でも。
 私の場合、多賀見のみんなやなによりも護孝さんに愛されているんだから、合ってるか。


「『伝家の宝刀』とはそういう物です。ここぞと言うときに一撃必殺するため、大事に手入れしておくのですよ」

 護孝さんがそれでもなにか言おうとしていて。

「女を囲い込んで隠したいのは男のわがまま、ここぞと言う時戦ってみせたいのは女のエゴ。どうか、護孝さん。そのように受け取ってやってくださいな」

 仕方なし、みたいな護孝さんの表情だった。


「うおー、子供か! いいなあ」

 親族が全員かえると、今度は慎吾さんがやってきた。

 産前産後の休職手続きに申請すればもらえる給付金の申請方法など、色々教えてくれる。

「護孝がパパかよ! くっそ、俺も早く里穂を見つけて子供を作るんだ。一刻も早く、パパって呼ばれたいなー」

 慎吾さんは本当に羨ましそうだ。
 彼には大事な女性がいるのだけど、行方不明らしく、一生懸命探しているらしい。

 護孝さんもふふん、とどや顔できなくて、彼は心底慈しみの表情。

「子供なんてハニートラップの最たる物だと思ってたんだが」

 それ言っちゃう? と慎吾さんがツッコミ、私は聞かないフリをする。

 まあ、世界中のセレブの話を聞くと、部屋で何だかんだして避妊具ごとゴミ箱に廃棄した。
 彼としては処理済みだったものを、拾った掃除の人が使ってしまったという記事を読んだ。

 さらに親権裁判に持ち込んだとか恐ろしいことを聞く。

 関東平野セレブの私からみたら、富士山セレブの護孝さんが警戒するのも無理はない。

「愛している女性が俺の子供を孕ってくれた。人生の大当たりってこういうことを言うんだな」

 私もだよ。
 大好きな人が大好きでいてくれって。
 なんの心配もなく子供を身内に宿せるなんて、私どれだけ善行を積んだのだろう。

 自分がハッピーだから、周りの人にも幸せになってほしいな。
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