あやかしあやなし
「俺のことはどうでもいいが、瀕死の雛に向けてあのような攻撃をしたのは許せんな。そもそも雛をそのような状態にしたのも貴様だろう」

 無表情で、惟道が口を挟む。無表情なのだが、何だか怒りがひしひし伝わる。静かな怒りほど怖いものなのだ。何か言おうと顔を上げた青年だったが(多分『貴様』呼ばわりが癪に触ったのだろう)、その空気を感じ、また俯いてしまう。

「下っ端だからとて、物の道理がわからぬわけではあるまい。何故何の罪もない物の怪を狩ったりするのだ。先ほど物の怪を必要以上に狩ればどうなるかはわかっていると言うたではないか。本当にわかっておるのか?」

 相当頭にきているのだろう、惟道がこんなに雄弁になるのも珍しい。

「ふふ、わかっておるから壊そうとしたのよ」

 黙った青年の代わりに、少年のほうが口を開いた。先までのおどおどとした雰囲気がなくなり、纏う空気も禍々しくなる。いち早く気付いた章親が腰を浮かせた。

「惟道、離れてっ!」

 章親が惟道の腕を掴んだ途端、少年が手を振り上げた。人の手とは思えないほどの鋭い爪が、惟道を襲う。

「っ!」

 上体を反らせた惟道の頬に赤い線がつき、少し血が飛んだ。

「惟道っ」

 章親が結界を張ろうと手を伸ばしたが、それよりも早く、惟道が動いた。立ち上がり様、少年を思い切り蹴り上げたのだ。その場の皆が固まった。
 今しがた人ならざるところを見せた少年に対して、警戒も躊躇いもなく生身での攻撃を仕掛けるとは。蹴られた少年も、転がった先で目を見開いている。思いもよらない攻撃を食らった顔だ。
< 66 / 102 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop