雨は君に降り注ぐ

「先輩っ。」

 前を行く大きな背中に、声をかける。
 その人は、ゆっくりと振り返った。

「あのっ…、」

 話しかけたはいいものの、話題が無い。

 何を話せばいいのか。
 とにかく、何か、

「この間は、ありがとうございました。」

 とりあえず、お礼。

 あの夜は、キスの印象がだいぶ強いが、先輩には精神的に助けられた。

「ああ、うん…。」

 先輩は、ぎこちなく答えた。
 私は、そのぎこちなさに、わずかな違和感を感じる。

 今日の一ノ瀬先輩は、何かが違う。

 声のトーンもそうだが、雰囲気や、表情まで。
 いつも優しい微笑みを浮かべている一ノ瀬先輩のハンサムな顔は、今日は何の感情も受け取れない無表情だった。

 違う。

 いつもの先輩じゃない。

「…先輩、どうかしました?」
「何が?」

 やっぱり違う。
 声が冷たい。

 まるで、怒っているような…。

「その、体調でも悪いのかな、って…。」
「別に、普通だけど。」

 そう言うと、先輩は少し笑った。
 その笑みは、いつもの柔らかい笑みとは対照的なものだった。

 意地悪な微笑み。

 私は、この笑みを、どこかで見たことがある。

 あれは、4ヶ月ほど前。
 工藤くんが、一ノ瀬先輩を新手のナンパだと勘違いした時に見せた、意地悪な、人を小バカにしたような笑み。

 先輩は今、その時と同じような笑みを見せている。

 怒っているのだ。

 でも、何に?
 私、知らないうちに、一ノ瀬先輩に何かしちゃっていた?
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