雨は君に降り注ぐ
「用事はそれだけ?」
先輩は、皮肉な笑みを顔に張り付けたまま、冷たい声で言った。
「え、…はい。」
「じゃあ、僕、もう行くから。」
そう言うと、先輩はあっという間に、私の前から姿を消した。
その場には、私1人だけが取り残される。
私はしばらく、図書室の前で呆然としていた。
私やっぱり、一ノ瀬先輩を怒らせるようなこと、しちゃったんだ…。
だとしたら、何をしたんだろう?
一ノ瀬先輩の態度が変わったのは、今日が初めてだ。
最後に会ったあの夜は、いつもの優しい先輩だった。
そうすると、考えられる原因は、おのずと絞られてくる。
キスをしたこと。
彼女さんについて訊ねたこと。
多分、そのどちらかだ。
キスは、一ノ瀬先輩からやってきたのだから、多分違う。
そうすると、原因は後者。
彼女さんについて訊ねたこと、だ。
一ノ瀬先輩は、自分の過去を詮索されることを、よく思っていなかったのかもしれない。
私はあろうことか、瑞葵さんが亡くなっているということまで聞き出してしまった。
それが原因で怒っているのか。
一ノ瀬先輩に、嫌われたかもしれない。
そう考えると、急に足が震え始めた。
嫌だ。
嫌われたくない。
でも、一ノ瀬先輩がすでに私のことを嫌っているのなら、どうしようもないことだ。
それでも、嫌われたくない。
こんなに大好きな人に嫌われるだなんて、そんなの、そんなの嫌だよ…。
気づくと、私の右目から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。