【短】今夜、君と夜を待っている。


端に寄せようと躍起になっていた想いを、あの日春乃にいわれたように心の真ん中に据える。

深く深呼吸をして、その膨らみすぎた想いに呼吸が遮られないように。


耳まで熱くなった顔を両手で包んでいたせいで、曲の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

震える指先を一度かたく握りしめて、携帯を持ち直そうとしたとき、着信画面に切り替わる。

デジャブ、なんてものじゃない。

どくっと跳ねた心臓が落ち着きをなくして狭い胸の中で忙しなく拍動する。


『なあ、佐和』


気付いたら、心の準備よりも先に通話に繋げていた。

高平くんの声はこの前のように掠れていない。

二週も連続で電話をかけてくるなんてこと、これまでになかった。

そもそも高平くんはあまり通話を好まないと思っていた。


『俺、この曲好き』


はにかむ顔を見たことがないに、電話の向こうの高平くんは笑っているような気がした。

わたしの好きな曲を、高平くんが好きだと言ってくれた。

たった一言、文字を打ち込んで送信すれば済むことを、声で伝えてくれた。


「わたしも……」


画面の真ん中に表示された【高平 棗】をなぞる。

指の腹を置いて、触れて、そしてこぼした。


「……好き」


曲が、と取り繕うこともせずに、高平くんの返事を待つ。

誤解してくれたのならそれがいいし、真意が伝わったのならそれでも構わない。


息をのむような、声にならない音がきこえた瞬間、ぷつっと通話が途切れた。


「え……」


伝えたあと、顔を伏せてしまったから指が通話終了を押してしまったのかと慌てるけれど、人差し指は高平くんの名前の上に置いたまま。

たぶん、通話はわたしの不手際ではなく高平くんから切られた。


何か、何かメッセージが届くはずだといつまで待っても一言も送られてこない。

こんな不自然に高平くんが寝てしまうわけがないし、通話が切れたのは高平くんの故意だ。


わたしから催促をする勇気なんてなくて、はじめて夜中のうちに終わったやり取りにずっと頭も心もざわついて、眠れない夜が明けた。

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